地域の人たちと一緒に「あるべき旅行の形」を作りたい。旅ノ舎(たびのや)山田幸一さんインタビュー
2018年にオープンしたばかりの「旅ノ舎(たびのや)」は、掛川市日坂にある農家民宿です。風情ただよう古民家に滞在しながら、お茶摘みなど、季節に応じた里山での暮らしを体験できます。
掛川市における農家民宿での開業事例は少なく、必要な情報が未だ得にくい状況です。
今回は民泊などの開業に関心がある方への参考事例として、「旅ノ舎」を運営する山田幸一(こういち)さんに開業の経緯や思いなどをうかがいました。
〈聞き手=長濱裕作〉
沖縄で「あるべき旅行の形」を目の当たりにしたことから開業を決意
−−農家民宿をやることになった経緯について教えていただけますか
私は旅行会社を辞めてから3年間、沖縄で旅行関係の仕事をしていました。そこでは、修学旅行の受け入れを盛んにやっていたんですね。
そこで見た農家民宿の形が、とても面白いと思ったんです。これなら学生だけでなく、一般の旅行客からもきっと喜ばれるだろうなと思いました。
旅行の本質的な部分は「お客さんが何を体験してどう思ったのか」だと思います。
一般的な旅行会社は基本的に、お客さんを契約している施設に送るだけ。送った先でどういうことが行われていて、どういう体験をしているかはほとんど見えていません。
でも沖縄ではそんなことなく、あるべき旅行の形が実現できていました。それを目の当たりにして「自分もそれをしてみたいな」と思ったんです。
−−なぜ日坂という場所を選んだのでしょうか
ここは明治からずっとお茶を作っている方がいて、下の方には日坂の宿場町があり、「東海古道」という万葉の時代からある道も通っています。とてもポテンシャルのある地域なんです。
もちろんお茶の景色が見れたり、お茶摘みができたりする場所は、市内にもいくつかあります。
でも、本物のお茶の産地で、お茶農家さんが自ら対応してくれるところはなかなかありません。ここで体験できるのは本物の体験です。だからきっとお客さんは来てくれると思いました。
また沖縄で仕事をしていた際は単身で暮らしていましたが、静岡に移り、女房と2人で田舎暮らしを楽しんでみたかったこともあります。実際は夏は虫が出たり、冬は寒かったり、なかなか慣れないところもありますが(苦笑)
前職の旅行会社で感じていたギャップ。「付加価値」を知ったうえで届けたい
−−勤めていた旅行会社を辞めた理由を教えていただけますか
私は旅行商品を企画して販売するという仕事をしていたんですけれど、当時は商品を作れば、作った分だけ売れていたんですね。
宿の在庫を持っていて、飛行機や新幹線の席を持っている。持っているものが強い時代です。
でも、バブルが弾けたことで物の価値や考え方が変わり、これまでの商品が全然売れなくなりました。その中で生まれてきたのが、その商品ならではの「付加価値」を付けるという考え方です。
「付加価値とは何だろう?」と考えますが、私たち旅行会社の人間は実際の現場を知りません。
それを知ろうにも、相談する相手はホテルや観光施設の営業マン、契約上の関係者しかいないわけです。その人たちも、地元とのつながりが薄い場合が多い。
提供しているものと、旅行者が本当に求めているものとの間には、かなりのギャップがあることを感じていました。だからそれをピンポイントで届けたいと思っていたんです。
地域の受け皿を作り、地域の仲間と一緒に広げていきたい
−−どのような農家民宿を目指しているのでしょうか
私は観光的な視点で、この地域にできるだけ足を運ぶ人が増えてくれたらいいなと思っています。
観光においては、人と人とのつながりの中で思い出が残り、そこから「また行きたい」という思いにつながるのではないでしょうか。
なので自分たちも、施設などのハード面でどうこうするのではなく、
「ここ良かったね」
「この料理おいしかったね」
「一緒に案内した農家さん楽しかったね」
そういう思い出をお客様の中にしっかりと残せたらいいなと思いますね。
−−地域での取り組みはどのように進めていく予定ですか
私は開業前から何度も日坂に足を運んでいたんですね。その中で縁あってまちづくり協議会に参加させていただき、今は個人だけでなく組織としても動いています。
加えて倉真で活動している「時ノ寿の森クラブ」とも知り合いました。地域に貴重な観光資源があるといっても、それだけでは観光につながりません。その受け皿となるものを作る必要があります。
地域の組織とつながり、仲間と一緒に活動を広げていくことが大切だと思っています。
地域の人たちにとってプラスになる環境をもっと広げていきたい
今、日本の至るところで過疎化が進んでいます。
日坂においても、何もしなかったらお茶は衰退してしまいますし、放棄地が増えていくことでしょう。そうなれば子どもも減り、小学校がなくなってしまいます。それは目に見えていることです。
今見える美しいお茶畑の景色は、お茶農家さんがいて、しっかりと管理してくれているから維持できています。
その景色が維持できているということはどういうことなのか。
自分たちにできるのは景色を楽しんでもらうことだけでなく、お茶農家さんの思いを伝えていくことだと思っています。
−−とても時間がかかりそうな取り組みですね
そうですね。
たとえ時間がかかったとしても、地域に受け皿を作ることで、そこを訪れた人と地域の人たちとの間にコミュニケーションが生まれる。それを通じて地域としての何かが残れば、お客さんにとってはとても良いことだと思います。
受け入れた人たちにとっても、新しい出会いが生まれて、気持ち的にも豊かになるはずです。
私は日坂を1つの拠点として捉えていて、ゆくゆくはもっと広く展開していきたいと考えています。日坂のお茶のように、その地域ごとに代々受け継がれてきたものを大切にしていきたい。
ここで作ったような、地域の人たちにとってプラスになる環境をもっと広げていきたいんです。
まとめ
山田さんは旅行業界での経験を経て、自分が理想とする旅行の形を実現するために農家民宿を開業しました。かつての実態の見えない関わり方とは異なり、今は最初から最後まで、自分たちがゲストと関わります。
地域にある貴重な観光資源を絶やさないこと。
地域との関わりを何よりも大切にすること。
観光客の受け皿づくりに励む山田さんの視点は高く、その軸にあるのは「地域」です。
山田さんが実現したい想いは場所にとらわれることなく、これからもゆっくりと広がっていくことでしょう。
かけがわランド・バンクは、掛川市の活性化を目的とした空き家活用を推進しています。
空き家活用は、これからますます重要度が増してくる課題。地域が一体となって課題解決に取り組むことが大切です。
「空き家を活用したい」
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そんな方はぜひ、かけがわランド・バンクまで1度ご連絡くださいませ。
〈文・写真=長濱裕作〉